2013年4月22日月曜日

特許権侵害に対する警告書の送付~取引先への送付は慎重に~

日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

今日は、自社の特許権が侵害されていることに気付いた場合の法的対処方法に関してお話しします。

自社が特許権を有している場合、その特許権によって保護される範囲の発明を実施する権利は自社にのみ帰属し、他社が当該発明を実施して商品を製造・販売しているような場合には、その差し止めを請求したり、損害賠償を請求したりする法律上の権利があります。
そのため、自社の特許権を侵害して発明を実施している相手を被告として裁判所に訴訟提起することも対処方法の一つとなります。

しかし、実務上、自社の特許権を侵害している他社の行為を認識したとしても、直ちに裁判所に訴訟提起するというケースは多くありません。
これは、特許権を侵害しているかどうかの判断が非常に難しい場合が多いことや、特許権侵害を行っている他社が特許権侵害を認識していない可能性があり(特許権の存在を知らずに発明を実施しているケースも多く見られます)、特許権侵害をしていることについての警告を与えることによって侵害状態が是正されることもあるためです。

そのため、実務上、自社の特許権が侵害されていることに気付いた場合には、まず警告書を相手方に送付し、相手方の反応を待って次の対処(例えば訴訟提起)に移行するという選択をするケースが多いといえます。

自社の特許権を侵害している相手方に警告書を送付する前に、いくつか検討しておかなければならないことがあります。
それは、相手方の行為(発明の実施)が、本当に自社の特許権の侵害となるのかどうかという点の確認です。
相手方の行為が自社の特許権を侵害しているかどうかは、大きく分けて以下の各項目を検討することによって確認します。

  1. 自社特許権の技術的範囲の確認
  2. 相手方行為が自社特許権を侵害しているかどうかの詳細な検討

上記の検討を経て、相手方の行為が自社特許権を侵害していると判断できた場合には、相手方に対して警告書を送付することになります。

警告書には、以下の内容を記載して自社特許権を特定し、相手方の行為が自社特許権を侵害していること、その上で相手方に対して求めること(発明実施の中止や損害賠償を請求する旨を記載することもありますが、最初は相手方の発明実施に関する事実の報告を求める内容のみとすることもあります)を記載します。

<特許権特定のための記載事項>
  1. 特許番号
  2. 出願日
  3. 出願番号
  4. 登録日
  5. 発明の名称
  6. 特許請求の範囲

故意による特許権侵害の場合には特許侵害罪が成立することがありますが、警告書送付の段階(通常は対応初期)で相手方の内心まで把握することは困難ですので、刑事告訴については記載しないようにする必要があります。
 
なお,警告書の送り先として、特許権を侵害している相手方の他、相手方の取引先(侵害商品を製仕入れて販売している会社など)に送る場合もあります。特許権侵害商品の販売をストップさせたい場合などにこの手法が使われることがあります。

しかし、この場合,後の法的手続において相手方の特許権侵害が認められなかった場合、営業誹謗行為・信用毀損行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するものとして、不正競争防止法違反や名誉毀損による責任追及を受けるリスクがありますので,相手方の取引先に警告書を送付する場合には特に慎重な判断が必要となります。


2013年4月19日金曜日

株式併合の手法を利用した少数株主排除(スクイーズアウト)は適法・適切か~同族会社における事業承継のケースを念頭に~

日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

今日は、事業承継の場面においてよく課題となる後継者への株式集中の手段として、株式併合の手法を利用することが適切かということを考えてみたいと思います。

日本では、多数の親族に株式が分散保有されている株式会社が多く見られます。
これは、会社創業者が100%株主であったところ創業者の死亡によって複数の法定相続人に法定相続分通りの割合で株式が分散承継されることや、一族の感情的な対立に配慮して親族に公平に分散贈与すること等によって生み出されることが多い現象です。

このように同族会社で多くの親族に株式が分散している状況は、一方では多様な意見が会社経営に反映されることによって会社発展に寄与することもありますが、他方では会社経営者による機動的な会社経営を困難にする場合もあります。

特に、現経営者(例えば創業者の長男。代表取締役社長)が後継者(例えば創業者の孫であり社長の長男)に事業承継しようと考えている場合、後継者が円滑に会社経営を行うためには、少なくとも過半数、可能であれば3分の2以上の議決権の株式を後継者に集中させることが必要となります。

このような、後継者に株式を集中させたいというニーズに基づく法律相談は当事務所にも多く寄せられています。

後継者に株式を集中させる一般的な方法としては次のようなものが挙げられます。

  • 他の株主から後継者が任意取得する
  • 後継者を引受人として募集株式を発行する
  • 会社が他の株主から任意取得する
  • 全部取得条項付種類株式を活用する
  • 株式併合を行い少数株主の株式を1株未満の端数にする

今日は上記のうち株式併合を利用する方法について検討します。

株式併合とは、数個の株式(例えば100株)を合わせてそれより少数の株式(例えば1株)とすることをいいます。
そして、株式併合を行うためには、株主総会において取締役が株式併合を必要とする理由を説明し、株主総会の特別決議で併合の割合と株式併合の効力発生日について決議する必要があります(会社法180条)。

株式の併合によって1株未満の端数が生じた場合には、会社は、その端数の合計数に相当する数の株式を競売し(裁判所の許可を得て会社が買い取る方法もあります)、売得金を従前の株主に分配します(会社法235条、234条2項~5項)。
つまり、株式併合によって1株未満の端数しか保有しなくなった株主は、金銭を得る代わりに株式を失う結果となります。
したがって、たとえば、発行済み株式総数3000株の会社で、Aが2000株、Bが500株、Cが300株、Dが200株をそれぞれ保有している状況において、「1000株を1株とする」という株式併合が行われた場合、Aが2株保有するほか、BCDは全員1株未満の端数しか保有しなくなりますので、結局BCDには対価が交付されますが株式は失うこととなり、会社の株主はAのみとなります。

このように、株式併合はその併合の割合を調整し、少数株主の株式が1株未満の端数となるようにすることで、実質的に少数株主排除(「スクイーズアウト(締め出し)」とも呼ばれます)の手段とすることも可能だと考えられます。

それでは、このように、少数株主を排除することを目的とした株式併合には法律上問題はないのでしょうか。

まず、多数派株主(上記の例のA)は、少数株主(上記の例のBCD)を株式併合によって排除した場合、単独株主として会社の支配権を取得することができ、株式併合を行うことに独自の利益があると評価する余地がありますので、「株主総会の決議について特別の利害関係を有する者」(会社法831条1項3号)に該当する可能性があります。

そして、併合の割合が極端で、一部の大株主を除く大半の株主が株式を失うような場合には、その株式併合は株主平等原則違反と評価される余地があります。

これらのことを考慮すると、多数派株主による少数株主排除を目的とした株式併合に関する株主総会特別決議は、「特別利害関係人の議決権行使による著しく不当な決議」であるとして、株主総会決議取消請求の対象となる可能性があります(会社法831条1項3号)。

株式併合は、株主総会の特別決議を成立させるだけの議決権を確保している場合には、比較的簡単な手続で少数株主排除とそれによる後継者への議決権集中を達成することができる選択肢のように思えますが、上記のようなリーガルリスクを考慮すると、その利用には慎重さが必要であると考えます。


日比谷ステーション法律事務所では、少数株主のスクイーズアウトに関する法律相談を常時受け付けています。
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2013年4月18日木曜日

取締役報酬の減額~パナソニック役員報酬削減発表を受けて~

日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

昨日のニュースになりますが、パナソニックが今年7月からの役員報酬を削減(社長・会長は2012年度の水準から半減、他の役員は2割削減。ただし、報酬削減は既に昨年11月から開始されており、今回は社長・会長の削減幅拡大と他の役員の削減維持が決まったもの。)することが発表されました。
パナソニック経営陣による上記役員報酬削減の判断は、同社が2期連続で7000億円超の赤字が見込まれる状況において経営責任を明確にするためのものであり、報酬削減による不利益を受ける取締役らの自主的な判断といえます。

では一般論としては、株式会社の取締役の報酬減額はどのような場合に許されるのでしょうか。
今日は、株式会社における取締役報酬の減額に関する会社法上のルールを説明したいと思います。

まず原則論ですが、定款の定めや株主総会決議によって一旦取締役報酬が具体的に決定された場合、その報酬の内容は会社と取締役との間の契約の内容となりますので、たとえその後に株主総会で減額の支給を行ったとしても、当該取締役本人の同意がない限り、報酬額を減額することは許されません。

もっとも、一旦取締役の報酬が決定されたとしても、任期途中で当該取締役の職務に大きな変更があり、実際に行う業務内容や業務量と取締役報酬とのバランスが合わなくなる場面も発生します。
このような場合、会社の立場としては、職務内容の変更を理由として取締役報酬の減額を主張したいところでしょう。
しかし、最高裁判所(平成4年12月18日第2小法廷判決)の判決は、以下のように判示して、著しい職務内容の変更があった場合の報酬減額を否定しました。

株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない。」

以上のように、取締役本人の同意がない限り、一旦決定された取締役報酬を減額することはできません。
しかし、ここでいう「取締役本人の同意」には、明示的な同意だけではなく、黙示の同意も含まれると考えられています。
そのため、以下のような場合には、取締役本人の黙示の同意があるとして報酬減額が許されることがあります。

  1. 会社と取締役とが締結する取締役任用契約の中で、会社が一定の場合に一定の範囲内で報酬減額することを認める合意をしている場合
  2. 取締役報酬が個人ごとではなく役職ごとに定められ実際に役職を基準として報酬が支払われている会社であることを、当該取締役が知った上で取締役に就任した場合

上記のような場合には、当該取締役は職務内容や役職に変更があった場合には報酬減額がされることを認識し、予め減額について黙示的に合意していたと認める余地がありますので、報酬減額が有効なものとして認められる可能性があります。

ただし、上記に該当する場合であっても、1.においては取締役任用契約の報酬減額に関する定めが明確なものかどうか、また2.においては役職変更による報酬減額の慣行が認められるかどうか、役職変更が正当な理由に基づくものであるかどうかなどによって、報酬減額が有効なものとなるかどうかについて判断が分かれるものと思われますので、結局は個別の事案ごとに慎重な判断が必要といえます。

なお、取締役の職務内容の変更に伴う報酬減額問題に対応する手段の一つとして、取締役報酬を年度ごとに決定する取扱いに改めるというものがあります。
このように年度ごとに取締役報酬を決めていれば、もし取締役の職務内容に変更が合った場合には、翌年度の報酬はそれに見合った金額に減額した総会決議を行うことで、適法に報酬減額が可能となります。


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2013年4月17日水曜日

秘密保持契約締結の意義~不正競争防止法の「営業秘密」の射程と秘密保持契約との関係~

日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

今日は実務で日常的に取り交わされている秘密保持契約について、不正競争防止法で保護されている「営業秘密」との関係を説明します。

不正競争防止法2条6項は、「この法律において『営業秘密』とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」と規定し、「営業秘密」を定義しています。

そして不正競争防止法2条1項4号から9号までで、営業秘密の不正取得、不正に取得した営業秘密の使用や、不正の利益を図る目的等での営業秘密の使用・開示等が禁止されています。

したがって、秘密保持契約を個別に締結しなくても、不正競争防止法の「営業秘密」に含まれるのであれば、同法によって一定の保護が与えられます。

では、不正競争防止法による保護があるにもかかわらず秘密保持契約を別途取り交わす意義はどこにあるのでしょうか。
私は、秘密保持契約を取り交わす意義は大きく分けて二つあると考えます。
まず一つは、不正競争防止法で保護される「営業秘密」の範囲が限定的であるため、秘密保持契約によって保持すべき秘密の範囲を拡張することです。
またもう一つは、不正競争防止法で禁止されている営業秘密に関する行為が限定的であるため、同法の規定よりも禁止範囲を拡張したり、あるいは不正競争防止法ではカバーされていない行為義務(例えば情報にアクセスした履歴を記録・提出する義務等)を課すことです。

以下では、上記二つの意義のうち、前者の「営業秘密」の範囲について説明します。

上述のように、「営業秘密」の定義は不正競争防止法2条6項で定められています。
「営業秘密」の定義を分解してみると、「営業秘密」に該当するためには次の条件が揃うことが必要なことが分かります。

  1. 秘密として管理されていること(秘密管理性)
  2. 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
  3. 公然と知られていないこと(非公知性)

上記三つの条件のうち、2.の有用性は、「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用なもの」であることが裁判例で必要とされています(東京地裁平成14年2月14日判決)が、その範囲は比較的広範囲に及ぶと考えられます。
また3.の非公知性については、当該情報が刊行物等に記載されておらず、保有者の管理下以外では一般に入手できない状態にあることが必要ですが、問題となる情報が一般に入手できることは少なく、実務上問題となることは少ないように思います。

「営業秘密」に該当するかどうかで実務上最も重要な条件は1.の秘密管理性の有無です。
秘密管理性に関する裁判例の傾向としては、以下の二つの要素を中心に検討して秘密管理性の有無を判断しているといえます。

  1. 情報の秘密保持のために必要な管理をしていること(アクセス制限の存在)
  2. アクセスした者にそれが秘密であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性の存在)

そして、上記二つの要素を判断するにあたっては、以下のような事情の有無が秘密管理性の認定を左右することとなります。

  • アクセス権者の限定
  • 施錠されている保管室への保管
  • 事務所内への外部者の入室の禁止
  • 電子データの複製等の制限
  • コンピューターへの外部者のアクセス防止措置
  • システムの外部ネットワークからの遮断
  • 書類への「秘」の押印
  • 社員が秘密管理の責務を認知するための教育の実施
  • 就業規則や誓約書・秘密保持契約による秘密保持義務の設定等
  • 情報の扱いに関する上位者の判断を求めるシステムの存在
  • 外部からのアクセスに関する応答に関する周到な手順の設定

実際に秘密管理性が争われた裁判例において秘密管理性が肯定された割合は比較的低く、秘密管理性が肯定された裁判例の割合は30%を下回っているといわれます(平成22年1月末現在における経済産業省の調査報告より)。
したがって、不正競争防止法の「営業秘密」として保護を受けるためには情報管理に関する人的・物的体制を十分に整える必要がありますが、現実に情報管理体制に充てられる人的・物的資源には限りがあるのが多くの会社の実情かと思います。

そのため、実務上は、取引当事者間や会社と従業員間、会社と取締役の間などで秘密保持に関する契約書を締結し、不正競争防止法で保護されない範囲の企業情報についても、外部に漏洩することや目的外での利用を禁止することが多いのです。

もっとも、秘密保持に関する契約書のリーガルチェックをしていて日頃気付くことですが、保持しようとする秘密情報の定め方が不適切であったり、契約で定める秘密情報の取扱い方法が不適切であることにより、秘密保持に関する契約書で達成しようとしている目的を十分に果たせない内容の契約書ひな型がしばしば見受けられますので、契約書の文言には十分注意し、事案に適合した内容となっているか丁寧に検討する必要があると思います。


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2013年4月16日火曜日

取締役の競業避止義務~退任後の競業禁止について~

日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

今日は会社法の分野のうち、取締役の競業避止義務について、取締役退任後の競業避止義務について簡単にお話ししたいと思います。

会社法356条1項は、「取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。」と定め、会社の業務分野において取締役が独自にビジネスを行うような場合には株主総会の承認を要することとしています(取締役会を設置している会社においては、会社法365条1項によって「株主総会」を「取締役会」と読み替えますので、取締役会の承認を要します)。
そして、取締役が株主総会または取締役会の承認を経ずに競業取引を行った場合には、会社法423条2項によって「当該取引によって取締役・・・が得た利益の額」を会社の損害として賠償する義務が生じることとなります。

このように会社法が取締役による競業を制約しているのは、取締役は会社の業務執行の決定に参画しているため事業上の機密に接する機会が多く、自由に競合を行うことを許してしまうと、会社の利益を犠牲にして自分の利益を図る取締役が現れる危険があるためと説明されます。

さて、取締役の競業避止義務ですが、取締役在任中には規制が及ぶものの、取締役を退任した後には対象外です。
そのため、退任取締役は原則として自由に競業を行ってよいのですが、これは会社の立場から見れば、会社の機密を知っている退任取締役が自由に競業を行うこととなりますので、取引の機会を奪われるなどの不利益を被ることが心配されます。
そのため、会社と取締役との間で、在任中あるいは退任時に、競業禁止の誓約書(契約書)を取り交わすことが実務上頻繁に行われています。

しかし、注意すべきことは、競業禁止の誓約書(契約書)を作成しさえすれば、それだけで必ず退任取締役に対して競業禁止義務を負わせることができるとは限らないということです。

退任取締役の競業禁止の合意の効力が問題となった過去の裁判例では、一方で会社の競業禁止を行うことの必要性を認めつつも、他方で退任取締役の職業選択の自由や生計の手段の確保の利益などを考慮し、会社と退任取締役との間で競業禁止の合意があったとしても、合理的な範囲でのみその効力を認める傾向にあります。

そして、競業禁止合意の合理性については、以下のような点を考慮して判断されます(参考となる裁判例として、東京地裁平成7年10月16日決定、東京地裁平成21年5月19日判決などがあります)。
  1. 退任取締役の社内での地位
  2. 営業秘密、取引先維持の必要性
  3. 地域、期間、制限の対象となる職種の範囲
  4. 代償措置の有無や内容


なお、実務的な問題ですが、取締役が会社の内部紛争を原因として退任する場合、退任取締役が競業禁止の誓約書(契約書)に署名しないことが想定されますので、確実に誓約書を用意したい場合には、取締役就任時か在任中に署名を求める必要があります。


日比谷ステーション法律事務所では、退任取締役の競業に関する法律相談を常時受け付けています。
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2013年4月15日月曜日

不当解任された取締役による会社に対する損害賠償請求


日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

最近会社経営陣内部のトラブルに関する法律相談を受けることが多いので、今日はその中の一つである、不当解任された取締役が会社に対して損害賠償請求をする制度について説明したいと思います。

会社法339条1項は、「役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。」と定めています。
そのため、例えば任期2年として就任した取締役であっても、株主総会で解任決議がされてしまった場合には、まだ任期が残っていたとしても解任を拒むということはできません。
このように、任期が残っていても株主総会の決議がある場合には否応なく解任されてしまうのは、会社と役員の間の法律関係は信頼関係を基礎とする委任の性質を有していると理解されており、株主総会で解任決議がされた場合にはこの信頼関係がなくなったと評価されるためです。

もっとも、取締役に対して解任決議がされるのは当該取締役が経営ミスをしたような場合に限られず、例えば株主の意見が二つに割れている場合に、多数派株主の意向に沿わない取締役であることを理由として解任されてしまうことも実際上よくあることです。
このような場合、任期満了まで職務を執行して役員報酬を得る予定であった取締役からすれば、何らの金銭的な補償もなく解任されてしまうことを許容することはできません。

そのため、会社法339条2項は、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。」と定め、正当な理由がない解任の場合に解任取締役が会社に対して損害賠償請求をすることができるよう手当てしています。

解任取締役が会社に対して損害賠償請求を行う場合、問題となるのは大きく二点です。
一つは「正当な理由のある解任なのかどうか」という点であり、もう一つは「損害賠償としてどのようなお金を請求することができるのか(損害賠償の範囲)」という点です。

さて、まずこのうちの「正当な理由のある解任かどうか」についてはどのように考えられるのでしょうか。
一般的には、以下のような事情による解任は正当な理由のある解任と考えられています。

  1. 法令や定款に違反した職務執行があった場合
  2. 心身の故障により職務執行に支障がある場合
  3. 著しく職務に不適任な場合
  4. 経営判断ミスにより会社に損害を与えた場合

上記の正当な理由のある場合に共通しているのは、客観的にみて役員として職務遂行を継続させることに支障があることです。
他方、単に大株主と折り合いが悪くて解任された場合、就任後にもっと適任の役員が見つかったことを理由とする場合などのように、単なる主観的な信頼関係喪失を理由とする場合には正当な理由のある解任とは考えられていません。

次に、「損害賠償の範囲」についてです。
損害賠償に含まれるかどうかでよく議論の対象となるのは以下のようなものです。

  1. 残存任期期間の役員報酬
  2. 退職慰労金
  3. 慰謝料
  4. 弁護士費用

上記のうち、残存任期期間の役員報酬が損害賠償に含まれることには争いがありません。

次に退職慰労金ですが、退職慰労金は、定款に定めがある場合を除いては、株主総会で支給する旨の決議があって初めて支給される性質を持っているため、当然に損害賠償に含まれると考えることはできません。
しかし、役員に関する退職慰労金支給規定が定められていたり、過去に退職慰労金支給規定に基づいて退職慰労金が支給されている慣行があるような場合には、任期満了で役員を退任した際に退職慰労金が支払われた可能性が高いと判断され、損害賠償に含まれることもあり得ます。

慰謝料と弁護士費用については、損害賠償に含まれないと考えるのが一般的です。

不当解任された取締役が会社に損害賠償を請求する場合には、退職慰労金支給規定や過去の退任取締役に退職慰労金が支給されている証拠(株主総会議事録など)を事前に確保しておくことが重要です。


日比谷ステーション法律事務所では、取締役の解任と損害賠償に関する法律相談を常時受け付けています。
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2013年4月12日金曜日

「インサイダー取引」とは~イー・アクセス株インサイダー取引事件を参考に~

日比谷ステーション法律事務所の弁護士田原です。

昨日のことになりますが、携帯電話会社イー・アクセスの株式に関するインサイダー取引容疑により、同社社員で元役員秘書が逮捕されました。
報道によりますと、逮捕された元役員秘書は、平成24年9月28日~29日頃、ソフトバンクがイー・アクセスを株式交換方式で買収するとの重要事実を入手し、この事実が公表される直前の同年10月1日に、自分の名義でイー・アクセス社株式を約690株、総額約1000万円で買い付けたとのことです。
イー・アクセス社株式は、平成24年9月末までは1株あたり1万5000円前後で推移していましたが、10月1日にソフトバンクがイー・アクセス社の買収を発表したことを受けて翌日以降急騰し、その後行われた株式交換により、逮捕された元役員秘書はソフトバンク株式を約1万4000株取得し、約3000万円の含み益を得たとされています。

このニュースを読み解くにあたっては、「インサイダー取引」についての知識が必要となります。

それでは、「インサイダー取引」とはどのような取引をいうのでしょうか。
インサイダー取引は、法律の世界では「内部者取引」と呼ばれており、「内部者取引」は大きく「会社関係者取引」と「公開買付者等関係者取引」の二つに大別されます。
今回のイー・アクセス株インサイダー取引事件は、このうち前者の「会社関係者取引」に分類される事案ですので、ここでは「会社関係者取引」についてのみ説明します。

金融商品取引法166条1項は、会社関係者などの立場にある人が、一定の重要事実を知った場合、その重要事実が公表されるまでの間、その者が会社の株式に関する取引を行うことを禁止し、さらに同法197条の2は、この禁止に違反した者に対して「5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」という罰則を定めています。
これが「会社関係者取引の禁止」を定めた法律ということになります。

金融商品取引法166条1項で禁止されるインサイダー取引となるためには、
  1. 会社関係者(役員、代理人、従業員等)や会社関係者から重要事実の伝達を受けた人が、
  2. 法律で定める重要事実を知った場合に、
  3. その重要事実が公表される前に、
  4. 会社株式の売買やデリバティブ取引を行うこと
という条件が全て揃うことが必要となります。

「会社関係者が会社の株式を売買すると全てインサイダー取引になる」とか、「自分は情報を聞いただけで会社関係者ではないからインサイダー取引ではない」といった誤解をされている方の話を聞くことがありますが、法律上禁止されるインサイダー取引になるかどうかは、上記の条件が揃うかどうかで判断されますので注意が必要といえます。

今回報道されているイー・アクセス社の元役員秘書についても、ソフトバンク社によるイー・アクセス社買収の事実を知ったうえでイー・アクセス株式を取得したのであるとすれば、金融商品取引法が禁止するインサイダー取引として処罰を受ける可能性があります。

インサイダー取引は、金融商品市場に参加するプレイヤーが公平な環境下でリスクテイクするという、金融商品市場の公正さを支える前提を害するものであり、今後も厳しく監視されなければならないと考えます。